Don't touch me!!

最近知ってしまった事がある。
 それは元々あったものが見事に崩壊したような衝撃で。その可能性を疑わなかった訳ではないんだけれど、もしかしたら確信しない方が僕はまだ平和に暮らせてた…のかもしれない。
きっかけは本当に些細な事だった。
前よりお洒落になったり、外泊が増えたり、時々凄く艶っぽい顔をしたり。
まもり姉ちゃん変わったなーとぼんやり考えていたある日。忘れ物を取りに行った部室で。

衝撃的な現場を見てしまった。

 夢見てるんだとか人違いだとか元々回らない頭で今眼に映っているモノを誤魔化そうと必死だったけれど、やっぱり事実には変わらない訳で。あぁこんな事なら忘れ物なんか明日取りに行けばよかった。うん。そうだ。見ちゃったんだ。まもり姉ちゃんがヒル魔さんとキスをしている所を。しかもお互い抱き合って。
極自然に、至極幸せそうに。
あんな姉ちゃんの綺麗な顔は見た事がなくて。
 …その日は即踵を返し何も見なかった事にして全速力で逃げ帰った。もう常時4秒1なんか夢じゃないんじゃないかってくらいに。もしヒル魔さんに見つかったら即全身蜂の巣なんじゃ…?そんな予想はあながち外れじゃないだろうなと思いながらひたすら走って家に逃げ帰った。実はそういう関係なんじゃないかって言うのは予想はしていたけれど、実際に目の当たりにするのはその…毒気が強過ぎたと言うか…
結局その晩は眠れなかった。全く。


次の日。朝練。朝6時。一睡も出来なかったから当然食欲もなければ体力すらも危うい訳で。襲い来るは睡魔と悪魔。
「何ボサッとしてやがんだ糞チビ!チンタラしてねぇで走ってきやがれ!」
ダァン!!銃声。
「はっはいぃぃぃっ!」
一瞬にして睡魔が吹き飛んで慌ててグラウンドに飛び出す。でも昨日の光景が眼に焼き付いて離れなくてつい走りながらヒル魔さんと姉ちゃんを交互に見遣る。
 あぁそういえば始めの頃よりずっと距離が縮んだ様な。実はヒル魔さんさり気なく姉ちゃんに気使ってる様な。喧嘩は相変わらずだけど姉ちゃんの笑顔が増えた様な。ぐるぐるぐるぐるグラウンドを走るより早く回想が頭を駆け巡っていて、心なしか視界も回っている様な気がした。

ぐるぐるぐるぐる。

 あれ、脚がなんか宙に浮いてる気がする様な。なんか体も浮ついてるし。そんな状態でもう一度まもり姉ちゃんを見遣ると、はっとした顔の姉ちゃんと目が合って、その瞬間何故か自分の頭の重さに耐えられなくて世界が180度回った。
まもり姉ちゃんが名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
気がつけば部室のソファーの上で
目の前は姉ちゃんの顔だった。
ちちちちち近い近い!
「セナ大丈夫?急に倒れたから心配しちゃったわよ!」
倒れた?あぁそうか。まぁ倒れてもおかしくないかも知れない。あの状態じゃ。なんて悠長な事を考えていたら。姉ちゃんの額が僕の額とくっついた。
!?!?
本当だったら別段驚く事じゃない筈なんだ。だって小さい時から本当に姉弟みたいに育って来たからどうってことなかったんだ。これくらい。
今までなら。
今の姉ちゃんはとてもじゃないけど、かつての姉ちゃんとは認識出来なくて(だって女の顔を知ってしまったし)段々顔が熱くなるのを感じていた。実の姉弟だったらそんな些細な事で意識したり照れたりなんてないんだろうけど、さすがにそういう訳にはいかなかったみたいで。
「うーん顔は赤いけど熱はないみたいよね…」
「あぁぁぁだだだ大丈夫だよ寝不足なだけだから!」
どぎまぎ。
顔が赤いのは恋じゃないのはわかってるんだけれど、昨日の光景がフラッシュバックして顔を勝手に赤くする。あぁぁ恥ずかしい。慌てて体を起こして首を横に振る。挙動不審な僕を見て姉ちゃんが更に近付いた。額に冷たい手が当てられる。
「本当に大丈夫なの?ヒル魔君に頼んで休ませてもらった方がいいんじゃ…」
そのまま心配そうに手が額から頬へ。
「ほほほほんとに大丈夫だから…」
あぁぁ姉ちゃんなんだか手付きが妙に色っぽいよ。早く練習に戻った方がいいやいや戻らなきゃ、そう思ってソファーに手を掛けた瞬間。
ガターン!
もの凄い勢いで部室のドアが開いた。あぁぁぁぁぁ今戻りますすぐ戻ります!
「何してやがんだ糞チビ!あれぐらいで倒れやがって!すぐ練習戻りやがれ!」
「ははははぃぃぃぃっすぐ練習戻りま」

ムギュッ

いつも通りに迫力に根負けして捻り出した一言は、突然抱き付いてきた姉ちゃんによって阻まれてしまった。た…谷間が…
「ちょっとヒル魔君!セナは病人なのよ!?顔も真っ赤だし朝練くらい休ませてあげてよ!」
「あー?…わかったわかった俺が面倒見といてやるからテメェは40ヤード測定しとけ」
へ…?ヒル魔さんが看病…?さすがに姉ちゃんも不審がっていた。
「ほ、ほんとに?ちょっと変な事しないでよ!?」
「しねぇよ。オラとっとと行け」
そういってヒル魔さんが姉ちゃんを無理矢理部室の外に押し出した。でもその時なんでヒル魔さんが僕の看病をするなんて有り得ない事を言い出したのかわかってしまった。
後ろ手に、コルト。
 なのに照準は僕の眉間にぴったり。あぁぁぁご愛用の一品ですねそれは。姉ちゃんが膨れながら部室の外に出たのを確認して、ゆらり、と振り向いた。口角を上げ切ったいつもの笑み。でも眼は微塵も笑っていなくて。あぁぁぁ冷や汗が止まらないんですけど。
「おい、糞チビ」
一歩。
「………!…はっ…はぃ…っ!」
また一歩
「昨日の覗き見に続き朝練サボろうなんざいい度胸だなぁ?」
「………………!!!!!!!!!」
あぁぁぁバレてる!
また、一歩。
「デコとデコくっつけたり頬触られたくれぇでンな顔赤くしなくてもいいだろが。あ?」
あぁぁぁ見られてた!!
「それで昨日眠れなかったんだろうが。そんなに衝撃的だったか?あの程度で」

!!!!

不敵な笑み。硬直。冷や汗。鳥肌。
また、一歩。
そこでふと思った。というかヒル魔さん、それって、もしかして、嫉妬?そんな事、言えるわけもなくそのセリフをゴクッと飲み込む。
目の前には嫉妬に燃える悪魔。
「糞チビ」
ゴリッ
押し当てられたコルト。見ているだけで殺されそうな眼。
「!!!!………はぃ………」
気圧されて小声で返事。
「テメェが昨日見たモノに関する事は一切他言無用だ。もし誰かにいいやがったら…わかってんだろうな?」
口角を上げたまま更に一睨み。
「…………………!!!!」
 もう恐くて怖くて言葉が出なくて頭が吹っ飛びそうなくらい首を縦に振った。額にコルトが当てられてたのもお構いなしで。その反応を見たヒル魔さんは一瞬で興味を失った様に一度舌打ちをするとコルトをしまって踵を返した。僕はと言えばもうソファーに縫い付けられた様に動けない。するとドアの前まで行ったヒル魔さんが振り返って、一言。
「俺のモンに手ぇ出すんじゃねぇぞ」
例え弟分のテメェだろうがな。

「…!!!!!」

全身の血が凍り付いた。だってあのポーカーフェイスのヒル魔さんが、眼の底に狂気に近い色を宿して嗤っていたんだから。やっぱり、これは、知らない方が、平和に暮らせたに違いない。

そしてやっぱりその日の僕も、満足に眠れなかった。色んな意味で。




【ラブラブヒルまもで蛭魔嫉妬ネタ】 柚紀様に捧げます。